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【tanisunnのちょっとした食文化紹介!!】 ~昭和という時代を支えてきた名店「銀座アスター」~


こんばんはm(__)m

新しい年になったということで、私も一つ新しいことをしてみようと思います。

以前までは自分が訪れたことをただ書いているだけだったのですが、これからは訪れたお店や注文した料理の歴史・由来などを【食文化紹介コーナー】としてチョコチョコあげていきたいと思います。お店の記事は有名なところしか上げられないかもしれないので、ちょっと少なくなってしまうかもしれませんね。

普通の記事よりも文章が長くなってしまいますから、気長に付き合っていただけたら幸いです。
なるべく読みやすくしますね。

初回となる今宵は日本の中華料理店の老舗「銀座アスター」をご紹介したいと思います。
銀座アスター 看板



【来年で創業90周年!!】
「銀座アスター」が生まれたのは大正15年もとい昭和元年(1926年)になります。本店は店名の通り銀座で創業者は矢谷七彦氏。来年でなんと創業90周年を迎える日本中華料理の飲食店でも老舗中の老舗の一つでしょう。





【当時としては斬新な中華料理店!】
開店当初はアメリカ式中華料理を掲げて出発し、名物は中国風シチュー「チャプスイ」。
「アメリカ式中華料理」とはアメリカ人の舌に合うような味付けや調理方法がとられている中国本土の料理とは少し異なったものです。
チャプスイ
これが「チャプスイ」。中国語で「ごった煮」の意味があります。なんとなく五目麺なんかに載ってくるあんかけに似ています。でも、これがアメリカ人の口にあったんでしょうね~^m^
(画像引用先:野菜生活研究所

当時の日本人としては非常に斬新な発想で中国料理の経営に乗り出した矢谷氏。ただ、利用されたことがある方はご存知だと思いますが現在の銀座アスターはアメリカと言う雰囲気は殆どありません。

なぜかというと、創業してから少したったときに(正確には分かりませんが・・・)、お店を訪れた中国人に「もっと中国ムードを出した方が良い」と言われ、素直に忠告に従ったかららしいです(笑)

でも矢谷氏がすごいのは書物などで丹念に調べて、徐々にお店を改革していき最終的には「中国人が経営しているのか」と間違われるくらいになったという事です。





【戦中・戦後は中華料理店なのに売っているものがアイスクリームと氷とコーヒーだった!?】
第二次世界大戦中は国家総動員法(総力戦遂行のため国家のすべての人的・物的資源を政府が統制運用できる旨を規定したもの)によって様々な物資統制が行われていたそうですが、昭和16(1941)年に「生活必需物資統制令」という物資統制令が公布されたことによって全生活必需品を制限されてしまいました。

さらに昭和20(1945)年3月9日の東京大空襲によって銀座アスター本店が全焼したことも相まって、戦後すぐの時代は中華料理店なのにアイスクリームと氷とコーヒーなどで商っていたと言います。





【昭和時代の後半は疾風怒濤の時代!】
終戦の年の12月に「国家総動員法」が廃止されてからは銀座アスターの復活物語!!

銀座アスター 焼売
「銀座アスターの焼売」(画像引用先:yufurainのブログ

戦前から売っていたシューマイや餃子・饅頭などの人気があがり、昭和31(1956)年には製造が間に合わず、築地やなんと原宿に工場を建設していきます。

今の原宿では想像がつかないですね。あ・・・・、でもある意味色々な文化を生んでいるからそんな変わらないか(笑)





【高度経済成長と共に発展】
陳麻婆豆腐
(画像引用先:マチの備忘録 TVで見た情報まとめ

高度経済成長(1954~1973)の真っ只中、社長が矢谷氏から太田芳雄氏になると時代の流れもあり、銀座アスターはこれまでのこぢんまりとした中国料理店のイメージを覆して大型店舗の展開を始めます。

また、太田氏は中国の食生活文化の吸収を徹底させ多くの従業員を本場中国に派遣しました。

「中国人以上に中国を勉強して、やっと中国人に追いつける」

この言葉を念頭に、銀座アスターの料理は進化していきます。特に人気メニュー「陳麻婆豆腐」は四川省都「成都」を訪れて様々な店舗のものを食し、とうとうたどり着いた努力の結晶です。

1977年からは中国の伝統と新たな可能性の進展を探り、それを顧客に披露する「名菜席」という賞味会も伝統として続けられています。
銀座アスターの料理の一つ一つは、このように中国を原点として研鑽された至高の料理と言えます。こうした不易流行(いつまでも変化しない本質的なものを忘れない中にも、新しく変化を重ねているものをも取り入れていくこと)の精神が昭和という時代を支えてきたのかもしれませんね。





【贅沢だけど親しみやすい 昭和の人々に愛されたブランドは世代を超えて家族をつなげる】
銀座アスターは高級志向なのに、親しみやすい印象があります。これは恐らく、他の飲食店以上に顧客のためを想ってくれる「下町精神」とも似たものが要因になっているのかもしれません。

この親しみやすさは親から子に伝えられ、多くの家族を幸せにしてきたでしょう。それは銀座アスターが創業85周年記念の際に募集して、HPにも掲載している「私の銀座アスター物語」からも分かります。もし時間があったらぜひ読んでみてください。

これを読むと、

昭和を生きた人たちにとってちょっとした贅沢をしたいとき、いつかの家族との思い出に浸りたいとき、そして今の家族に自分の想いをつなげていくために・・・・

そんな素敵な想いが銀座アスターを包んでいるように思います。



実は私も銀座アスターを知ったのは母に連れられてのこと。

母が学生時代に良く通ったというこのお店に小学生の頃に初めて訪れました。最初は高級な雰囲気に押されていましたが、徐々にその落ち着いた雰囲気が非常に居心地良いことに気が付きました。ただ高級なだけでなく、どこか親しみを覚えるノスタルジックさは高級ブランド店には無いなんとも不思議な感覚です。

つい先日、たまたま銀座アスターで昼食をとる機会があったため、今回「食文化紹介コーナー」の初回として取り上げてみました。「親から子に伝えられる」ということを実感しているため、他のお店よりも銀座アスターに想い寄せが強いtanisunnです。



てな感じで、今日はここまで!次の記事は今日ご紹介した「銀座アスター」になります。

もし、このコーナーにいろいろとご意見がありましたらコメントをください。アドバイスをいただければ、私も嬉しいです。
ではでは、最後までお付き合いいただいた方はありがとうございましたm(__)m


画像引用先一覧
①チャプスイ画像:「野菜生活研究所」様
②焼売画像:「yufurainのブログ」様
③麻婆豆腐画像:「マチの備忘録 TVで見た情報まとめ」様

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